【僕のサッカー人生を振り返ってみる。①】

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こんにちは。

 

今日は大好きなサッカーについて、自分の人生を振り返りながら共に書かせていただこうと思います!

あくまでも私自身の人生から読み取る物ですので、寛容な心で読んでいただけたら幸いです(笑)

それではいきましょう!

 

なぜ、サッカーを?

 

私がサッカーを始めた理由は、兄がやっていたから。それに尽きます。

興味をそそるような理由では全くなく申し訳ないのですが、、、。

サッカーを観に行き憧れを抱き・・・だったり、

女の子にモテたくて!でもありません。

至って平凡な理由で始めました。

自分が幼稚園の頃の卒園アルバムを見ると、同じ組の男の子の半数以上が、

『サッカー選手になりたい』と書いています。

なりたい職業ランキングに安定してランクインする職業ですし、サッカー選手になりたいと思い始める子は少なくないですよね。

自分に関してはやらされているというか、義務的な感じで入った感じも、もしかしたらあったかもしれないですね。

義務的に始めたサッカーが、21歳になった今でもやっているということ。

その背景には色々なことがありましたね。本当に色々なことが。

幼少期から振り返ってみることにしましょう!

 

惰性的から意識的へ 

 

正直、いつ何がどう変わってきたとか覚えていません!

ただ、勝負となれば遊びでもゲームでも負けたくない自分なので、歳を重ねていく中で負けず嫌いが出てきたのかもしれないです。

『勝ちたい』『負けたくない』シンプルなその気持ちが、惰性的でなく意識的にサッカーをやるようになった要因ですかね。

今だから言えますが、あの頃の自分はかなり凄かったと思います(笑)

身長も160cm近くありましたし、短距離も長距離も速かったです。身体能力もかなり高かったですし、そこそこ技術もありました。

小学生年代では、そこそこ身体能力があればなんとかなってしまうんですよね。

これって結構当てはまってると思ってて、中学生くらいまでは、身体能力で通用します。

まあ試合に出れるほどの、多少の技術があると言うのが大前提ですが。

(あ、これは個人の見解ですので反対の意見があることも承知しています。)

 

ただ自分は1番大事なものを持っていませんでした。

欠けていたんですね。もったいない。

 

身体能力、技術よりも、『人間性』。

そうです。私は人としてなっていなかったんですね。

ピッチ内では王様でした。息をするように文句を言ってましたね。

協調性のかけらもありませんでした。本当に恥ずかしい。

ピッチ外では、裏でコソコソとやる人間でした。

人前ではいい子になるのが得意で、裏ではかなり悪さをしてましたね。

まともに挨拶もできませんでしたし、ポイ捨てとか全然してました。

同じクラスの女の子に悪口も言って泣かせたりしてました。最低(笑)

 

小学生にそこまで求めるのは、少しハードルが高いのではないか。

ある人にそう言われたことがあります。確かにそうかもしれない。

でもどうなんだろうか。小学生の頃から結果なんて少しも残せなかった。

トレセンにも選ばれませんでしたし、こんな私なんかがキャプテンをやってたチームなんで、

チームとしても結果が出るわけがありません。

結果を求めてやってる人間が、このような人間性で良いのか。そう考えていただきたいです。

 

人間がなってなくて、サッカーだけの能力で成功できる人なんて、ほんの一握りです。

その上、大したプレーヤーでもない自分が、人間性もなってなくて何ができるのでしょうか。

負けず嫌いだからいい、情熱的だからいい、本当にそうでしょうか。

1人のサッカープレーヤー以前に、1人の人間として。

 

さて、そんなだった私が、今こうして偉そうなことを言えているということは、

月日を経て色々な感情を持つことになったんですね。

どのように理解をし考えを改めていったのか。

また次回の投稿で書かせていただけたらと思います。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます!

 

 

2020年9月1日 渡邉 宰