【僕のサッカー人生を振り返ってみる。④】

 

こんにちは。

蒸し蒸しした嫌な気候が続きますね。

最近は雷がよく鳴るので、うちの愛犬は震えています。笑

 

本日は高3編ということで、また自分のキャリアと共にサッカー、人生観について書いていこうと思います。

 

それではいきましょう!!!

 

 

最悪のスタート

 

スタートは最悪でした。

1番最初の大会は新人戦です。

我ら埼玉栄はシード権を持っておらず、県南大会からのスタートでした。

正直、全国を目指すのであれば、県南大会は勝ち抜けなければ、ほぼ不可能でしょう。

まあお気づきの方もいるでしょう。勝ち抜けなかったんです。

新人戦っていうのは各チームの力試しみたいなところは、少なからずあります。

その中でもうちは規格外な程に出来上がってなかった。

キャプテンとして自分は何をしたいのか。何もできていなかった。

と、自分の中では感じていましたね。

 

結果が出ない時って何もかもが上手くいかないんですよね。笑

言いたいことわかりますよね笑

サッカー上手くいかない時って、人間関係だったり日常生活においても、色々と上手くいかないんですよ。

何でなんでしょうかね、あれ。神様もかなり意地悪ですよね。

 

でも、やるしかないんです。やるしかなかったんです。

立ち止まってる時間は自分たちにはなくて、迫ってくるリーグ戦と関東予選に向けて準備をするしかないんです。

その後は藤枝の遠征に行ったり、トレーニングマッチをして、とにかく試合試合でしたね。

結果はまずまずでした。弱いチームではなくなったと思います。

 

言ってしまうと、監督はうるさかったです(笑)

これでもかってくらいうるさかった。当時は顔も見たくなかったし、嫌いだった。

ただ、これが良かったのかもしれないですね。

監督批判ではないですけど、みんな同じ考え持ってますから、少しずつ一つにはなりましたね。

これが良いんだか悪いんだか分かりませんが、、、

 

そして迎えたリーグ戦開幕

県1部リーグ(S1)に属してるわけですから、当然相手のレベルは高いです。

1個上の代で選手権出場の正智深谷。公立の雄、浦和東。埼玉と言えば西武台。毎年安定して強い武南。

そう、忘れてはいけないのが、絶対的存在の昌平。

開幕戦は昌平とだったんですよね。

アルディージャに加入して、今はパルセイロにいる佐相君とか、東洋で試合出てる山下君とか。

異次元の選手ばっかりで、ずっと攻められてたんですよね。

今だから言える話、早く試合終わってくれないかなって思ってました。

終わってみれば、0-8。

しかも1週間後に関東予選の1回戦が控えていて、相手が西武台だったんですよね。

まじで地獄です。良いイメージが湧かない。

あの1週間が不安で不安で仕方がなかったのを鮮明に覚えています。

・・・

 

勝ちました。

2-0で勝ったんですよね。

単純に相性も良かったと思います。

前線の選手が頑張ってくれた、助けられましたね。

勝った後の応援席の挨拶、1番の歓声に包まれていましたね。

何故だろう、自然と涙が出てきたのを覚えています。

自分たちが西武台に勝つなんて、誰が思っていたでしょうか。

下馬評を覆すってこのことですね。

次の日にYahooニュースに載りましたね。

栄が勝ったことより、西武台が負けたということがインパクトがあったみたいですね。

苦しい時にあげる勝利はやっぱり格別で、でも余韻に浸ってる時間はなくて、次の日は2回戦でしたから。

 

東予選ベスト8

結局、準々決勝で浦和西に1-3で負けて、自分たちの関東予選はベスト8で終わりました。

いやあ、関東大会行きたかったね。

新人戦でも浦和西に負けて、これで2回目でしたから。

でもこの大会での収穫は、自分らでもやれるってことを証明できたこと。

それこそ当時はベスト8なんかで満足してなかったですけど、今考えたら新人戦で県大会に出れなかったチームが大きく成長しました。

大事なのはここからです。ここから何ができるか。

 

止まらない、失点。

そんな簡単にいくはずがないんです。

失点するんです、減らないんです。

リーグ戦が、まあ勝てない。前期は2勝しかできなくて、平均失点数が4とかだったと思います。

高校の時はCBやらせてもらってたんですけど、不甲斐なさを感じますよねそりゃ。

5点とっても6点取られて負ける試合とか全然ありますし、いつからかチーム内でも前線とディフェンスラインでどこか睨み合ってる感じはあったと思います(笑)

前線の選手は相当フラストレーション溜まっていたんでしょうね。

自ら交代を志願して、交代する選手とかいましたから、無理もなかったと思います。

不思議なことにDFラインはそんだけ点取られても、1年間通して変わることはなかったですね。

選手層もかなり薄かったし、替えの選手なんていなかったのも現実です。

あんなにも週末の試合が怖かったのは初めて。

 

結果が出ない時って、選手たちは監督の責任にしがちですよね。

当時のチームにもそういう風潮があって、指導者と選手の間のギャップが凄かった。

その間に立っている自分は、選手からの意見もすごいし、指導者からの圧もすごいし、きつい毎日を過ごしてました。

まともに寝れない夜が続きましたし、何でこのチームでキャプテンやってんのかなって考えてました。

これで選手たちも協調性があればいいんですけど、まあ言うこと聞かないし好き勝手やるし、言いたいこと言うし、あの時の悪口を言えば止まりません。

自分としては、6年間お世話になった栄に、何としても恩返しがしたかった。目に見える結果で。

多分みんな結果を残したかったことに変わりなかっただろうけど、やっぱりまだチームになりきれてない感は否めなかった。

 

インハイ!!!

夏休みに入る前にインハイ予選が始まる。

組み合わせはベスト8で昌平。

うちはシード持ってたから、8までは危なげなく行けた。

メンバーも固まってきて、割と一発勝負には強いチームになりつつあった。

ありがたいことに埼玉は2チームインハイに出れて、決勝まで行けばいいんよ。

チャンスは大いにあった。

インハイで今後の進路が決まる人が多くだし、ここでチームとして活躍できるかが今後の自分を決めることにも繋がってた。

ベスト8で昌平さえ叩けば行けると個人的には思ってた。

やっぱり最後になるにつれて、チームとしても士気は高くなっていくものだし、むしろ高くなっていかなきゃ本当にどうしようもないチームよ。笑

そんな中臨んだインハイの結果はどうだったのか。

そこは次回に話していこうと思います!

 

このように過去を振り返って色々な感情を持ちますが、今ではどれも戻りたい過去ばかりです。

当時はやっぱりそれに気づかないんですよね。

それに気づけている今、自分は成長できたっていう証拠なんですかね。

そう、中学の頃の監督に言われていた、まさにこれですね。

戻りたい!と、過去を嘆く今ではなく、今を変えようとする未来への意志が大事だって、

中高同じのバドミントン部の親友が言ってました。良い言葉だね。

そんな過去は感謝と原動力に変えて、『今』を頑張っていきましょう。

それでは。

 

2020.9.10 渡邉 宰