【 それぞれの日常と価値観 】

 

こんにちは。

どうしてもこのブログを通じて、多くの人に知ってもらいたいことがあります。

自分が大学2年で国際協力でマレーシアに行った時の話です。

 

生きるってどういうことか。本当の幸せって何なのか。

 

みなさんに考えて欲しい。

 

海外に行きたい。

そう、たかがその理由でゼミの活動であった国際協力に参加した。

マレーシアというアングラ感の漂っているような、どこにあるかも知らない国へ。

遊びではないことはもちろん認識してたけど、気分はウハウハだった。

でもこんなにものめり込むとは思わなかったし、人生で大きな大きな経験だった。

 

部活と学連とゼミの三立。

自分で言うけど、かなり優秀な学生に近づいていたと思う。笑

特にゼミに関しては、毎日教授の研究室に顔出して、何か手に入れなきゃって思って生活してた。

そのマレーシアのプロジェクトは事前から準備が色々とあって、出発する9月の3ヶ月くらい前から準備してた。

日が経つにつれてそのプロジェクトに対する思いってのが変わっていった。

正直、サッカー部での居場所があると胸を張って言えるような感じではなかったから、ゼミで認めてもらえたのが嬉しかったのかもしれない。

 

本題

マレーシアのコタキナバル市の水上集落で、ゴミ管理のプロジェクトをやりましょうと。

って簡潔にまとめてるけど、説明したらとんでもなくなるけど、伝えたいのはそこではないから省きます。

内容としては、住民たちに暮らしに関するアンケートを行なって、そのニーズに合わせて私たちに何ができるか、長期的なプロジェクトとしてやっていこうと。

まず現地について感じたことは、こんなところに人が住んでいるのかと。

 

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フィリピンの内戦から逃げて来た人たちが島に集落を作って、4000人以上が暮らしている。

いわゆる不法移民で、自分の身分を隠す人ばかり。

だから、職業も教育も全員があるわけではなくて、自分たちと比べたら不便な生活をしている。

この集落にはドラッグも存在していて、一概には安全とは言えない村だった。

5歳くらいの男の子がタバコを吸ってるのを見たときは、なんだか心が痛くなった。

写真見てもらって分かる通り、ゴミで溢れかえってる。

その上を裸足で歩く。傷口からバイ菌とか入るよね、、

 

でも思ったのが、彼らにとってその生活がスタンダードなんだよね。

自分たちにとってそれは、『普通』じゃないかもしれない。

でも彼らにとってそれは、『普通』なんだよね。

自分の普通と他人の普通ってこんなにもギャップがあるんだって痛感した。

ゴミ問題解決します!って言って日本から行っても、実はそんなこと求めてませんとか。

だったら普通にお金寄付してくださいって言う人も多いかもしれないじゃんか。

自分の部屋もそうじゃん?

側から見たら汚いけど、自分では物がそこにあるか把握できてるから、それが1番居心地がいいんよ。

 

ってなった時に、これって何かする必要ってあるのかなとか、初めてこんなにも人の気持ちについて考えた。

それでも行き着くところは、もっと良い暮らしして欲しいとか、ゴミがなくなって衛生的に気持ちよく住んで欲しいとか、やっぱり助けてあげたいって思うわけさ。

でも、国際協力的には助けてあげたいって雰囲気をバンバン出して住民と接するわけにはいかない。

あくまでも住民が主体で一緒に作り上げていきたいからね。

いや、深すぎでしょ国際協力。難しすぎでしょって。

そうやって現地で感じることが多すぎて、色々な感情に包まれた。

なんか言葉ではうまく伝えられなくて、自分の語彙力の無さが悔しい。笑

 

あと、冒頭で前述したように、幸せって。

アンケート調査してるときに、ひとりのおばあちゃんと出会った。

泣きながら、食料が無いお金が無い、明日生活できるか分からないと。

でもアンケート欄の、

『今の生活度を数字で表す』って項目に、最高得点の5点をつけてたのね。

書き間違えだろうか、読めなかったのだろうか。

聞いてみた、なぜ幸せと言えるのかと。

 

『私はお金も食べ物もないけど、結びつきの強いこの村に入れて、沢山の家族に囲まれてるだけで幸せなこと。』

 

目頭が熱くなったし、こんなにも素敵な人がいるのかと。

そこまでの愛を注げる人は自分にいるのだろうか。

俺の考える幸せって何だろう。

人と比較するものではないことは分かってる。ただ、自分の情けなさすら感じるような。

おばあちゃん、もっともっと長生きして欲しいな。

 

お金について色々と話す人いる。

人生お金じゃないって言える人は、死ぬほど貧乏した人だとか、億万長者になってからだとか。

こんな人はお金を語っていい!とは上手く言葉では言えないけど、

人物像を言うのであれば、あのおばあちゃんです。

素敵な出会いと、今でも自分を見直すきっかけです。

だからこそ!いつかマレーシアでプロのサッカー選手として、何か与えることができればいいと思ってます。

 

最後に、、、

自分の好きな言葉で、

チャンス行きの列車に飛び乗れ。

って言葉があります。

日常生活からアンテナを張って生活していれば、ゴロゴロチャンスは転がっていると言うこと。

自分がサッカーで海外挑戦するきっかけになったのはこのプロジェクトで、何か手に入れなければと必死に生活してた。

サッカーだけやっててもサッカーは良くならない。

あんまり偉そうなことは言えないけど、自分の身を持って証明できたことです。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

2020.9.16 渡邉 宰