【 3.11 風化させない事 】

 

 

 

こんにちは。

 

 

あれから10年が経ちましたね。

みなさん昨日は例年以上に、

各テレビ番組、ネットニュース、ブログ内の記事にて多く目にしたのでは。

僕も、自分なりの思いを綴ってみようと思います。

 

まだ自分が小学5年生の時だったかな。

5時間目の総合の時間が始まってすぐ、強烈な揺れがきた。

慌てて机の下に隠れた。防災頭巾をかぶって。

1分くらいの揺れが続いた気がする。

先生が腰を抜かして机の下に潜ることすらできなかった。

後ろの水槽から水がなくなるくらい溢れて、飼っていた金魚も外に出た。

 

その後は、速攻放送が入って避難開始。

うちの学校は避難訓練を頻繁にやる学校だったから、校庭への避難はスムーズだった。

校庭から見た何度か続く揺れで、後者が動いてるのが分かった時に、

大勢の児童の泣き声が入って来た。

何だろうなあ、それでもあの時は楽観的だったんだよな。

早く下校になったから、早く家に帰れて校庭に早く行って、

早くサッカーできる。そんな考えだった。

事の重大さも分かってなかった当時の自分に、今は情けなさすら感じる。

 

 

テレビであれから何年、、、とか流れてくるごとに認識する。

それが今の日本人の多くが認識している現状で、自分もその中の多くの1人だった。

高校の時に仙台に遠征に行ってたけど、正直遠征のことでいっぱいいっぱいだった。

 

そんな中で大学のサッカー部を通して、1年の時に釜石へ行った。

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サッカー教室を開催して、被災地の中高生たちとサッカーをした。

実際に被災された地に足を運び、更地を目にして胸が痛くなった。

道路もボコボコで完全な復興まではまだ程遠い。

現実はそうだった。

自分が忘れかけた頃でも苦しんでる人たちは沢山いて、

それでも前を向き胸を張ってサッカーに打ち込む彼らに感銘を受けた。

やっぱり行かなきゃ何でも分からない。

比較するのは間違ってるかもしれないけど、俺より何百倍も辛い目にあってる。

 

正直、自分が勇気だったり元気をもらえた気がした。

自分が思ってるより、東北の人たち強かった。

俺なんかより全然辛かった。

 

じゃあ何が自分にできるんだろう。

考えた時に、自分で出した答えは、『今後も足を運ぶ事』だった。

この事実を忘れない事。

自分の心に深く刻んでおく事。

風化させない事だった。

 

去年も東北に足を運んだ。

陸前高田の伝承館、奇跡の一本松、遺構建造物。

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生でしっかりと認識する事。

俺は埼玉に在住だし、震災の事は全く分かってないと思われると思う。

でもそれじゃいけないと思うし、これからこの震災自体を知らない世代が出てくる。

後世にしっかり伝える事。

そして自分が忘れずに持っておく事。

これが自分で出した答え。

 

今年もこのような状況下であるけれど、

時間と都合が許す限り、しっかりと足を運びたいと思う。

 

 

それでは。

 

 

2021.3.12 渡邉 宰